熊本地震の災害急性期における無人航空機(UAV)の 空撮映像を利用した土石流シミュレーション実施報告書

実施期間:  2016年4月17日〜4月29日
実施場所: 熊本県西原村
実施者: 島谷竜俊1)、貞森拓磨1)、安田裕治2)、中村淳3)、町田聡4)
1)広島大学大学院 救急集中治療医学
2)株式会社B.b.design
3)株式会社フォーラムエイト
4)一般財団法人最先端表現技術利用促進協会

一般財団法人最先端表現技術利用推進協会

【はじめに】
本報告書は2016年4月14日から断続的に起こった熊本地震での災害急性期における、無人航空機(UAV)及び土石流シミュレーションをおこなった活動記録である。 UAVと現地での活動は広島大学大学院が、土石流シミュレーションについては、株式会社フォーラムエイトと株式会社B.b Designが実施し、財団法人最先端表現技術利用推進協会(表技協)は、実施に伴う調整および取りまとめと、土石流シミュレーションに関する費用負担を行った。
災害急性期ということもあり、いかに短時間で必要な情報を現場に提供できるかが最大の課題であり、そのためには迅速な行動と判断が要求されることは言うまでもない。 特にシミュレーションに必要なデータの収集については、通常の状況であれば時間をかけて現地自治体などから正確な情報を入手することもできるが、災害対応に追われる自治体の手を煩わせることは避けるべきであり、その厳密な正確性よりは、より早く概況が把握できる妥当な情報を提供し、それを避難や誘導の参考にすることが最も必要とされる。 今回の災害においても、地震と土砂崩れ、その後の雨による土石流の心配など、刻々と変化する災害状況に対して時間との闘いであることが明確になった。
本報告書は、日ごろ災害のない時に見ていただき、緊急時の対応に必要となるシミュレーション用のデータの整備や入手方法、活用方法などを検証することに特に活用いただきたい。
今後同様な災害時においてそれらの検証が役に立つことを願っている。

【熊本地震発災における現場活動】
2016年4月14日21時26分、熊本県熊本地方を震央とするマグニチュード6.5の地震が、2日後の16日1時25分にはマグニチュード7.3の地震が起こった。死者は49名(4月28日時点)、避難者は18万以上の大災害である。
4月16日未明に厚生労働省からのDMAT(Disaster Medical Assistance Team)派遣要請を受け、広島大学病院から2隊が出動した。当隊は、衛星通信車およびUAVなどの装備を用い、17日から熊本県西原村にて被災状況の情報収集活動を中心とした被災地支援を行った(Fig1-3)。

Fig.1 衛星通信ユニット搭載車両
Fig.1 衛星通信ユニット搭載車両
Fig.2 UAVからの画像を別モニターで映す
Fig.2 UAVからの画像を別モニターで映す
Fig.3 屋外ではタブレットの視認性が悪いためHMDを活用
Fig.3 屋外ではタブレットの視認性が悪いためHMDを活用

DMATは基本的に発災から72時間を活動期間としているため18日に一旦広島に撤収したが、翌19日より西原村役場から再度派遣要請があり、広島大学として被災地支援活動を再開した。
西原村からの主たる依頼内容は大きく2つあり、ひとつは、倒壊した家屋などの撤去の前に、被災直後の西原村の様子を空影しアーカイブして欲しいというもので、複数の集落を含めた20か所の空撮依頼であった。もうひとつは、西原村の各地で起こった山の斜面の亀裂やがけ崩れの調査である(Fig.4-6)。

Fig.4 出の口集落北側斜面亀裂(2016.04.18撮影)
Fig.4 出の口集落北側斜面亀裂(2016.04.18撮影)
Fig.5 出の口集落北側斜面亀裂(2016.04.21撮影)
Fig.5 出の口集落北側斜面亀裂(2016.04.21撮影)
Fig.6  崩落している砂防ダム上流
Fig.6  崩落している砂防ダム上流

依頼された空撮映像は、撮影毎に役場に戻り、西原村役場、国土交通省、自衛隊の関係者とともに確認した(Fig.7)。
UAV空撮映像から、出ノ口地区の山の斜面の亀裂は、民家が隣接しているという点で特に深刻であり、西原村役場も自主避難から避難勧告に切り替えるべきか苦慮している状況であった。我々は客観的な判断材料として土砂災害が発生した場合をシミュレートすることを着想し、4月21日技術的観点を相談した結果、FORUM8に協力依頼することでシミュレーションは可能であると判断した。迅速な結果を求めていたため、シミュレート結果の形式は3次元情報ではなく2次元情報とした。

Fig.7 西原村役場、自衛隊と映像を確認している様子
Fig.7 西原村役場、自衛隊と映像を確認している様子

【土石流シミュレーション作成】 
本来、自治体の土木部に依頼して入手すべきデータを地震によって被災対応に追われている自治体に依頼することは困難であると判断し、インターネット検索にて様々なデータ情報の中から使用可能なものを抜粋して解析を行った。土石流シミュレーションに使用したソフトウエアは「UC-win Road + 土石流シミュレーションプラグイン」で、土石流シミュレーションと解析結果を可視化するVRシミュレーションソフトウエアである。

■ 解析に必要なデータ条件
・流入ハイドログラフ(時刻歴流量)
・土砂濃度
・土砂の粒径
・河床容積濃度
・砂の内部摩擦角

■地形データについて
国土地理院の50mメッシュデジタルデータ、並びに、土石流解析範囲については、国土地理院の「基盤地図情報ダウンロードサービス」から、 「基盤地図情報数値標高モデル」の5mメッシュの地形データをダウンロードしてUC-win/Roadにて3次元地形データを作成し、これをベースに、解析用の地形データを生成した。(Fig8-10)

Fig.8 国土地理院の50mメッシュデジタルデータ
Fig.8 国土地理院の50mメッシュデジタルデータ
Fig.9国土地理院「基盤地図情報数値標高モデル」5mメッシュの地形データ
Fig.9国土地理院「基盤地図情報数値標高モデル」5mメッシュの地形データ
Fig.10 地図データを元にUC-win/Roadで3次元解析した地形
Fig.10 地図データを元にUC-win/Roadで3次元解析した地形

■地盤データ
必要データすべての収集を短期間で行うことは困難であり、解析用の数値として土砂粒径以外はデフォルト値を使用した。(Fig.11)

Fig.11 地盤データ
Fig.11 地盤データ

■流入ハイドログラフ
熊本県土木部河川港湾局河川課資料P.10より(Fig.12)、こちらの長時間降雨強度式(1/50年確率)での後方集中型の10分降雨強度に降雨面積を掛け合わせてハイドログラフを作成した。降雨面積とは、対象とする河川に流れ込む雨の範囲で、今回は、地形データを参考に設定した。プログラムの制約上、降雨時間は9999sec(約2.7時間)が上限値になっており、後方集中型なので、後半の2.7時間を対象にシミュレーションを行った。

Fig.12 熊本県土木部河川港湾局河川課資料P.10より
Fig.12 熊本県土木部河川港湾局河川課資料P.10より

<解析結果>
今回の解析では、上流域に平均雨量約59.2mm/時の降雨が約2.77時間降り続いた場合に、土石流がどの範囲に影響(到達)するかを解析し、1日360mm(過去50年で西原村での最高雨量)の雨が降ると3時間以内に土砂が下方に流れてくるとの結果が導かれた。

■堆積厚分布図
土石流の氾濫・堆積が生じている緩勾配扇状地(2次元領域)での解析結果(下記に示す各種堆積分布図)を見ると、以下のことが理解できる。
・渓谷を抜けた近辺に土砂が堆積している結果となっている。
・また、時間経過と同時に、土石流が河川下流に流れている様子が伺える。

■堆積分布図(2D表示)
解析結果を2D平面コンタ図で表現したものを下図に示す。図中の赤色部分が堆積が大きい箇所である。

Fig.13 堆積分布図(2D表示)
Fig.13 堆積分布図(2D表示)

■堆積分布(3D表示)

Fig.14 堆積分布図(3D表示)
Fig.14 堆積分布図(3D表示)

■UC-win/Road上での3D堆積図
解析結果である堆積分布状況をUC-win/Roadを用いて、3D表示で可視化したものを下図に示す。

Fig.15  UC-win/Road上での3D堆積図
Fig.15  UC-win/Road上での3D堆積図

着想・依頼から8日目の4月27日にデータが完成し、4月28日に西原村役場、国土交通省国土技術政策総合研究所土砂災害研究部に直接データ情報を供覧し提供した(Fig.16)。結果として前夜である4月27日19時15分に西原村から避難勧告が発令されたが、我々のデータは避難勧告を裏打ちするものとなった。

Fig.16 シミュレーション結果を説明
Fig.16 シミュレーション結果を説明

我々の活動は、発災後急性期に行う故に、刻一刻と状況が変化するため、常に最新であり客観性の高い情報が必要となる。本プロジェクトの最大の利点は迅速性であるため、今後はより迅速な作業を実現するために、ワークフローを確立することが必要となると思われる。
また,UAVは有人ヘリや衛星写真と比較し近接空撮ができるため,地質や被災状況の詳細な情報を手に入れることができる。このような情報の客観性や再現性をより高めるため客観性や再現性をより高めるためにシミュレーションを行い、二次災害防止に利用し避難命令の判断材料とすることは、非常に有意義で重要な被災地支援活動であると考えられる。

【参考資料】
西原村全集落空撮映像 https://goo.gl/F1sw09
熊本県土木部河川港湾局河川課:開発許可申請に伴う調節池設置基準(案)
平成27年8月資料
国土地理院基盤地図情報ダウンロードサービス「基盤地図情報数値標高モデル」 
地震調査研究推進本部事務局 地層データ
http://www.hp1039.jishin.go.jp/danso/Kumamoto2A/2-1-3-2.htm